2026/07/10

蚊が一気に増えるこの季節、「そういえば、うちの子のフィラリアのお薬、ちゃんと続けられているかな?」とふと不安になる飼い主様は少なくありません。「先月うっかり飲ませ忘れちゃって……」というご相談も、夏の診察室ではよく耳にします。
フィラリア症は、蚊が運ぶ寄生虫によって心臓や肺の血管に重い負担をかける、命に関わることもある病気です。一方で、正しく予防すればほぼ確実に防げる病気でもあります。この記事では、フィラリア症がどのように感染するのか、どんなサインに注意すればよいのか、そして毎年の検査と毎月の予防がなぜ大切なのかを、わかりやすくお伝えします。
フィラリア症(犬糸状虫症)とは
フィラリア症は、正式には「犬糸状虫症(いぬしじょうちゅうしょう)」と呼ばれ、蚊を介してうつる寄生虫の病気です。
原因となるのは、フィラリア(犬糸状虫)という細長い寄生虫です。成虫は白くそうめんのような姿をしていて、長いものでは20〜30cmにもなります。この成虫が、犬の心臓(右心房・右心室)や肺へ向かう血管(肺動脈)に寄生することで、血液の流れがさまたげられ、心臓や肺、肝臓、腎臓などにじわじわと負担をかけていきます。
「フィラリア」と聞くと犬の病気というイメージが強いかもしれませんが、実は猫も感染します。猫については記事の後半で改めて触れます。
主な原因 ― 蚊が運ぶ感染サイクル
フィラリア症は、感染した犬の血を吸った蚊が、別の犬を刺すことで広がっていきます。少し複雑ですが、下の図のようなサイクルでうつっていきます。

- 蚊が、フィラリアに感染している犬の血を吸います。
- 感染犬の心臓・肺動脈には成虫が寄生していて、血液の中には成虫が産んだごく小さな赤ちゃん虫「ミクロフィラリア」がたくさん泳いでいます。
- 蚊は吸血のときに、このミクロフィラリアを一緒に吸い込みます。
- 吸い込まれたミクロフィラリアは、蚊の体の中で約2週間かけて「感染幼虫(L3)」へと育ちます。
- その蚊が別の犬を刺して血を吸うとき、感染幼虫が犬の皮膚から体内へ侵入します。
- 体内に入った幼虫は、約6〜7か月かけて成長しながら移動し、最終的に心臓や肺動脈にたどり着いて成虫になります。
- 成虫が再びミクロフィラリアを産み、また蚊を介して……と、感染のサイクルがくり返されていきます。
ここで知っておいていただきたい大切なポイントがあります。蚊から犬へうつるのは、血液中の「ミクロフィラリア」そのものではなく、蚊の体内で育った「感染幼虫」だということです。だからこそ、蚊に刺された犬の体内に入った幼虫が成虫になってしまう前に、お薬で取り除いてあげることが予防のカギになります(くわしくは後ほどご説明します)。
こんなサインに注意
フィラリア症のやっかいなところは、感染してもしばらくは目立った症状が出ないことです。気づいたときには、すでに何匹もの成虫が心臓や血管に寄生していた、ということも珍しくありません。
病気が進んでくると、次のようなサインが見られることがあります。
- 軽い運動や興奮のあとに咳をする
- 散歩や運動を嫌がる、すぐに疲れてしまう
- 元気や食欲が落ちてきた
- 痩せてきたのに、お腹だけがふくらんでくる(お腹に水がたまる「腹水」)
- 呼吸が苦しそう、舌の色が悪い
特に注意したいのが、「大静脈症候群(だいじょうみゃくしょうこうぐん)」と呼ばれる重症の状態です。たくさんの成虫が一気に心臓の入り口をふさいでしまうことで起こり、急にぐったりする、赤い(コーヒー色の)おしっこが出る、呼吸が苦しくなる、といった症状が現れます。これは命に関わる緊急事態で、できるだけ早い処置が必要になります。
予防の前に「検査」が大切な理由
「予防薬を始めましょう」とお話しすると、「お薬を飲ませるだけなのに、どうして毎年血液検査が必要なの?」と聞かれることがあります。これにはとても大切な理由があります。
もしすでにフィラリアに感染している子に予防薬を飲ませてしまうと、血液中にいるミクロフィラリアが一度に大量に死ぬことで、ショックのような重い副作用を起こす危険があるのです。
そのため、シーズンの始まりに血液検査でフィラリアに感染していないことを確認してから、その年の予防をスタートするのが基本です。「去年きちんと予防していたから大丈夫」と思われがちですが、飲み忘れや吐き出しで効果が切れていることもあるため、毎年の検査をおすすめしています。
予防のポイント
フィラリアの予防で、まず誤解されやすいのが「予防薬」という名前です。実はこのお薬は、蚊に刺されること自体を防ぐ薬ではありません。
予防薬の正体は、蚊に刺されて体内に入ってしまった感染幼虫を、心臓に届く前(成虫になる前)に駆除するお薬です。言いかえると、「その1か月の間に体内に入ってきた幼虫を、まとめてリセットしてくれる薬」というイメージです。
ここから、予防でいちばん大切なことが見えてきます。
- 投与の期間:一般に、蚊が出始めてから約1か月後にスタートし、蚊がいなくなってから約1か月後まで続けます。最後の1回がとても重要で、ここを飛ばしてしまうと、シーズン後半に入った幼虫を取りこぼしてしまうおそれがあります。
- 投与のリズム:毎月1回、決まったタイミングで。お薬の効果は「さかのぼって」効くため、1回でも忘れると、その月に感染した幼虫を防げなくなることがあります。
予防薬にはいくつかのタイプがあり、その子の性格や生活に合わせて選べます。
- チュアブルタイプ:おやつのように食べられる飲み薬。喜んで食べてくれる子が多いタイプです。
- 錠剤タイプ:フードにまぜたり、お口に入れたりして与えます。
- スポットタイプ:背中の皮膚に垂らすお薬。お口から飲ませるのが苦手な子に向いています。
- 注射タイプ:1回の注射で長く効くタイプもあり、飲み忘れが心配な場合に選ばれます。(当院では取り扱いはありません)
ノミ・マダニやお腹の寄生虫の予防もまとめてできる「オールインワン」タイプもあります。どれがその子に合うかは、生活スタイルや体重に合わせて動物病院でご相談ください。なお、犬用のお薬を猫に使うと危険な場合があるため、薬の選択は必ず獣医師にお任せください。
猫のフィラリアにも注意
フィラリアは犬の病気と思われがちですが、猫も蚊に刺されれば感染します。完全に室内で暮らしている猫でも、蚊は家の中に入ってくるため、油断はできません。
猫の場合、寄生する虫の数は犬より少ないことが多いのですが、少数の寄生でも重い呼吸器の症状や、突然死を引き起こすことがあると報告されています。そして犬と大きく違うのは、猫には安全に成虫を駆除できる治療法がほとんどないという点です。だからこそ、猫にとってフィラリアは「治す」よりも「予防がほぼ唯一の対策」になります。猫にも、その子に合った予防薬がありますので、お気軽にご相談ください。
受診の目安
次のようなときは、早めに動物病院へご相談ください。
- 咳が続く、運動を嫌がる、すぐ疲れるなどのサインがある
- お腹がふくらんできた、痩せてきた、元気・食欲が落ちている
- 今シーズンまだフィラリアの検査・予防をしていない
- 予防薬を飲み忘れた、吐き出してしまった
特に予防の飲み忘れに気づいたときは、自己判断で続きを再開する前に一度ご相談ください。状況に応じて、検査や今後の進め方をご案内します。
まとめ
フィラリア症は、蚊が運ぶ寄生虫が心臓や肺に重い負担をかける、命に関わることもある病気です。けれども、毎年シーズン前の血液検査と、シーズン中の毎月の予防薬という2つを続けるだけで、ほぼ確実に防ぐことができます。
蚊が元気に飛び回るこの季節こそ、予防の効果を切らさない大切な時期です。「最後まできちんと続ける」ことを意識して、愛犬・愛猫を一年を通して守ってあげましょう。
フィラリア症は、正しい検査と毎月の予防でしっかり防げる病気です。「予防が今からでも間に合うか心配」「飲み忘れてしまった」など、気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
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