2026/08/07
「夕立の雷が鳴り出すと、ハアハアしながら家じゅうを歩き回って、朝まで落ち着かないんです」「花火の音がした瞬間、テーブルの下にもぐり込んで震えてしまって……」——夏になると、こうしたご相談で来院される飼い主様が増えます。
大きな音をこわがるのは「臆病な性格だから仕方ない」と思われがちですが、震えが止まらない・パニックになるほどの強い反応は、音恐怖症(おときょうふしょう)と呼ばれる、ケアと治療の対象になる状態です。じつは音への恐怖は犬でいちばん多い行動の問題で、複数の調査で、ペットとして飼われている犬の4頭に1頭から2頭に1頭が何らかの影響を受けていると報告されています。この記事では、見落とされやすいサインと原因、おうちでできる対処、動物病院での治療の選択肢、そして受診の目安までをお伝えします。

犬の音恐怖症とは
まず知っておいていただきたいのは、音をこわがること自体は正常だということです。突然の大きな音や光に対して身をすくめるのは、危険から身を守るための正しい反応で、多くの犬は音がやめばすぐに落ち着きを取り戻します。
一方、その音が本来持っている危険性とは釣り合わないほど強い恐怖が、繰り返し・長く続く状態を恐怖症といいます。反応の強さは軽い不安から、異常な興奮、体が硬直してしまうほどの深刻な状態まで幅があります。たった一度こわい思いをしただけで、そこから回復するのに数週間から数ヵ月かかる子もいます。
やっかいなのは、こわいものが音以外にも広がっていく点です。花火の閃光や煙、雷の前の暗い空、夕暮れどきの気配——音と一緒に体験したものが、それ自体でスイッチになってしまうことがあります。「まだ音もしていないのに、夕方になるとそわそわする」というご相談は、こうして起きています。
こんなサインに注意
音恐怖症のサインには、気づきやすいものと見落とされやすいものがあります。まず、飼い主様が気づきやすいのは次のような様子です。
- 家の中を落ち着きなく歩き回る、逃げ場を探す
- 吠え続ける、ドアや壁を引っかく、物を壊す
- トイレの失敗をしてしまう
- 体が震える
一方で、次のような静かなサインは「おとなしくしているから大丈夫」と見過ごされがちです。
- 部屋の隅やお風呂場など、狭い場所にじっともぐり込んでいる
- 体を硬くして動かない
- 暑くないのにハアハアと荒い呼吸をする、よだれが多く出る
- 大好きなおやつにも見向きもしない
- 吐く、下痢をする

静かにしている子ほど、実は強い不安を抱えていることがあります。 「うちの子は隠れているだけだから平気」と思われていたケースで、じつは毎年つらい思いをしていた、ということは少なくありません。
そしてもうひとつ注意したいのが脱走です。パニックになった犬が窓や玄関から飛び出し、迷子や交通事故につながる例が毎年あります。閉じ込められた場所から逃げ出そうとして、歯や肉球を傷つけてしまうこともあります。軽い震えの段階で気づいてあげることが、こうした事故を防ぐ第一歩になります。
主な原因
音をこわがっているとき、犬の体の中では自律神経が強く働き、「闘うか逃げるか」に備えた状態になっています。心拍が速くなり、呼吸が荒くなり、食欲がなくなる——これらはすべてその反応の一部です。
音恐怖症の背景には、いくつかの要因が重なっていると考えられています。
- 子犬時代の経験不足:さまざまな音に少しずつ触れる機会が少ないと、音への慣れが育ちにくいといわれています
- 一度の強い恐怖体験:近くへの落雷や花火大会など、たった一度のできごとがきっかけになることがあります
- 生まれつきの感受性:音に敏感な血統や犬種があると考えられており、シェパードやコリーなどの牧羊犬種は感受性が強いといわれています。ただし年齢・性別・犬種を問わず起こりえます
- 年齢による変化:若い時期とシニア期は影響を受けやすいとされています。とくにシニアになってから急にこわがりだした場合、体の痛み・聴こえ方の変化・認知機能の衰えなど、別の原因が隠れていることがあります
つまり、音恐怖症は「しつけの失敗」でも「わがまま」でもありません。ただし、放っておくと反応のパターンが固まってしまう傾向があるため、早めに手を打つほど楽になります。
音が鳴っているときの対処——いちばん効くのは「音の直後のごほうび」
ここ数年で、飼い主1,200人以上を対象にした調査など、どの方法が実際に効いたのかを確かめる研究が進みました。そこで最も高い効果が報告されたのが、大きな音がしたその直後に、おやつをあげたり遊んだりするという方法です。7割を超える飼い主様が「効果があった」と答えており、花火の最中に行う対処のなかで、その後の恐怖がはっきり改善したと関連づけられた唯一の方法でした。
やり方はとても簡単です。ドンと鳴ったら、その直後に「はい、どうぞ」と特別なおやつを出す。おもちゃを投げる。少しにぎやかに褒める。これを繰り返すうちに、「大きな音がすると、いいことが起きる」という結びつきが育っていきます。順番が肝心で、音のあとにごほうびです。

ただし、強くこわがっている子は食べることも遊ぶこともできません。その場合は無理をせず、次の環境の工夫に切り替えてください。
そのほか、おうちでの備えとして次の4つを整えておきましょう。
- 音が届きにくい避難場所をつくる。窓から離れた部屋を選び、雨戸やカーテンを閉める。マットやベッドを置き、その子が自分から入れる場所にしておく
- 音をまぎらわせる。テレビや音楽、扇風機の音などを流しておくと、突然の爆発音がやわらぎます
- そばにいてあげる。音が鳴っている間、不安な状態の子をひとりにしないでください。散歩や庭に出すのも避けます
- 脱走対策を確認する。窓・玄関の施錠、迷子札やマイクロチップの登録情報を見直しておく
ここで2つ、気をつけていただきたいことがあります。ひとつは、普段からクレートに慣れていない子を、こわがっているときに閉じ込めないこと。逃げ出そうとして激しく暴れ、けがをすることがあります。クレートを避難場所にするなら、平常時から「入ると安心できる場所」にして、出入りはいつでも自由にしておく必要があります。もうひとつは、こわがって粗相をしたり物を壊したりしても叱らないこと。叱られた経験は恐怖をさらに強くしてしまいます。
動物病院でできること
シーズン中の対処と並行して、恐怖そのものを減らしていく取り組みを動物病院と一緒に進めます。
トレーニングでは、録音した花火や雷の音を、その子が反応しないくらいのとても小さな音量から聞かせ、少しずつ慣らしていきます(脱感作〔だつかんさ〕といいます)。1回30分の長いトレーニングより、3〜5分を何度も行うほうが効果的です。ただし、録音では光や振動が再現されないため、本物の音にはこわがるのに録音には反応しない子もいます。その場合は、上でご紹介した「音の直後のごほうび」や、合図ひとつでリラックスできるように練習しておく方法(リラクゼーション訓練。こちらも約7割の飼い主様が効果を実感しています)が助けになります。
お薬には、大きく2つのタイプがあります。
- こわい日の前に飲ませるタイプ:花火大会や雷の予報など、タイミングがわかっているときに使います。一般に1時間ほど前に飲ませて数時間効くお薬です
- 毎日続けて飲むタイプ:不安が強い子や、避けられない状況が続く場合に使います。効果が出るまで2〜4週間かかるため、シーズン前から始めます
抗不安薬については、プラセボ(偽薬)と比較した試験で効果が確かめられているものがあり、上記の調査でも約7割で効果があったと報告されています。くり返し使ううちに音への対処が上手になり、お薬を減らせたという報告もあります。「薬に頼るのは抵抗がある」と感じる飼い主様は多いのですが、強い恐怖を毎年がまんさせるより、その子の負担はずっと軽くなります。以前ご紹介した動物病院が苦手な犬・猫のためのお薬『PVP』と同じく、不安そのものをやわらげる選択肢は年々広がっています。
一方、眠くさせるタイプの鎮静剤は、体の動きを抑えるだけで不安そのものは取り除けないため、音恐怖症の治療には向きません。お薬を使う前には体の状態を確かめる血液検査をおすすめしており、長く飲み続ける場合も年1〜2回の健康チェックを行います。
なお、サプリメント・ハーブ・アロマ・フェロモン製品などを試される飼い主様も多いのですが、先ほどの調査では効果を実感した割合が3割前後で、これは「効くと思って使ったときに感じる効果」と区別がつかない水準でした。強い恐怖に対してこれだけで対処するのは難しいとお考えください。
予防のポイント
いちばんの予防は、こわがらない程度の小さな音に、ふだんから触れさせておくことです。生活音や録音した雷の音をごく小さな音量で流しながら、おやつや遊びと結びつけてあげてください。この「音がしたらいいことがある」を先に教えておく予防的なトレーニングは、子犬でも成犬でも高い効果が示されています。
すでに音が苦手な子については、トラウマになる状況を避けるのが原則です。「慣れさせよう」と花火大会に連れて行くのは逆効果になりますので、避けてください。いったん落ち着いた子でも、こわい体験をきっかけに再発することがあります。とくに反応が強かった子は再発しやすいため、シーズンごとに練習を繰り返しておくと安心です。
当院での実際
当院でも、夏になると「雷が鳴ると震えて眠れない」「花火の音でパニックになった」というご相談が増えます。夕立・花火大会・台風と、犬の苦手な音が続くのがこの季節です。シーズンの早いうちにご相談いただけると、慣らしのトレーニングからお薬まで、選べる対策の幅が広がります。
受診の目安
- 今すぐ受診:パニックで脱走した、体をぶつけた・口や足から出血しているなどけがをしている。または、音がやんで数時間たっても荒い呼吸や震えが続いている
- 数日以内に受診:音のたびに強いパニックになる、年々反応がひどくなっている、留守番中に部屋が荒れていた・粗相があった、シニアになってから急にこわがるようになった(別の病気が隠れていることがあります)
- 次の機会に相談:震える程度だが花火・台風のシーズンが心配、事前に飲ませるお薬やトレーニングについて聞いてみたい
よくあるご質問
Q. こわがっているとき、抱っこしてなだめてもいいのでしょうか? A. その子が自分から寄ってきたのなら、撫でて、声をかけてあげて大丈夫です。 「なだめると怖がりが強くなる」という説明を聞いたことがあるかもしれませんが、近年の研究をまとめた総説では、接触を求めてくる犬を無視することは勧められないと考え方が改められています。飼い主様が撫でたり話しかけたりすることで、犬のストレスの指標が下がることも示されています。恐怖は「ごほうびで増える行動」ではなく、とっさに起きてしまう気持ちだからです。
ポイントは2つあります。ひとつは、その子が求めていないのに追いかけて触ったり、押さえつけたりしないこと。かえって負担になりますし、パニック状態では、いつもは噛まない子が身を守ろうとして噛むことがあります。もうひとつは、飼い主様が慌てて騒がないこと。落ち着いた態度でそばにいるのがいちばんの安心材料になります。撫でながら、音が鳴ったタイミングでおやつを添えられれば理想的です。
Q. 留守番中に雷が来そうなときは、どうすればいいですか? A. こわい音が鳴っている間、ひとりにしないのが原則です。雷が予想される日は、可能な範囲で予定を調整して、そばにいてあげてください。どうしても留守番になる場合は、出かける前に雨戸とカーテンを閉め、テレビや音楽をつけたままにし、いつもの避難場所に入れる状態にしておきましょう。窓や玄関の施錠も忘れずに確認してください。留守番のたびにパニックがひどい子には、事前に飲ませるお薬という選択肢もありますので、一度ご相談いただければその子に合った方法を一緒に考えます。
まとめ
雷・花火・台風へのおびえは、性格ではなく音恐怖症という「ケアできる状態」です。静かに隠れている子ほど見落とされやすく、内心では強い不安を抱えていることがあります。おうちですぐ始められていちばん効果が確かめられているのは、大きな音がした直後におやつをあげること。そこに避難場所の工夫と、必要に応じたお薬を組み合わせれば、その子の夏はずっと楽になります。名古屋の夏は、夕立も花火もこれからが本番です。「今年もまた震えるのかな」と思い当たった飼い主様は、次の雷が来る前に、どうぞお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人 たいち動物病院 院長(獣医師) 名古屋市で犬猫の一般診療・トリミング・ペットホテルを行う、たいち動物病院の院長。地域の飼い主様とペットの毎日に寄り添う診療を心がけています。
音がこわい夜を、その子が少しでも穏やかに過ごせるように。気になる様子があれば、どうぞお気軽にご相談ください。
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